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ハイドンの交響曲第102番 変ロ長調 ヨッフム/ロンドン・フィル

さて、ハイドン・イヤーであります。

激安化されたドラティによる交響曲全集なども発売されたようで、レビューなども読めるようになりました。
もう手元に届いて聴いていらっしゃる方も多いんでしょう。
僕はまだクリックしておりません。とりあえず手元のハイドンを消化してからでも遅くはないかなと思っているのです。
(でも、やはり物欲抑え難し。ドラティ全集、欲しいですねえ・・・・・)

ハイドンの交響曲第102番 変ロ長調。
オイゲン・ヨッフム指揮ロンドン・フィルの演奏。
1971年10月、ロンドンのアッセンブリー・ホールでの録音。DG盤。

ハイドンは朝に聴くのがイイ。
元気が出てくる。さあ今日も一日、仕事頑張るぞと。

または、日曜日の昼下がりにのんびり聴くのもイイ。
「パパ・ハイドン」の大らかさで、聴き手は幸福な気持ちになれる。こんなに良い音楽を聴ける贅沢。大昔の王侯貴族にも匹敵するこれは楽しみじゃないか。感謝感謝。

さて、イギリスのオーケストラはハイドンが上手。各方面で云われていることだが、ホンマに巧いもんだなぁと思う。弾き慣れているんだろうなぁ。そしておそらく「自分たちに音楽」という誇りがあるんだろう。

ヨッフムの指揮は元気いっぱいで、スケール大きく、明朗なハイドンをつくってゆく。楽器を気持ちよく鳴らせて、味わいは大らか。奏者たちには「遠慮せんとエエからどんどにゃれ」・・・・・と云っているかのよう。全く精力的で、明朗快活、胸のすくハイドンと云えると思う。

この交響曲第102番は、ロンドン・セットの中でもあまり目立たない交響曲になるのかな。ニックネームがないので、なかなか聴かれないのかもしれない。
特に見事なのは第2楽章アダージョ。弦の音が厚く、たっぷりとした音が良い。ハイドンの包容力を表しているかのようだ。
第3楽章のメヌエットはいかにもハイドンだし、フィナーレは骨格よく逞しい。

ヨッフム盤の録音状態は、少し高音がきつく腰が軽い音がするのが惜しい。
音場の広がりや奥行きなどは十分なのだが、やや高音がきゃんつく感じ。低音の豊かさや残響のふっくらした感じがあればもっと良かったのに・・・・・。


先日、CANONのEOS X2 Wズームキット を入手しまして、このごろは音楽を聴く時間よりもカメラを弄る時間が増えました。
今日の画像は、妻の手芸品。フラワー・アレンジメントです。ちと恥ずかしいですが。


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シューマンの交響曲第2番 ハ長調 作品61 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管

シューマンの交響曲は大好きであります。
「春」も「ライン」も第4番も大好きなんです。よく聴きます。
ところが、2番はあまり聴きません。どうも苦手な部類です。
第1番はいかにも春らしい、明るい息吹がたまらない魅力ですし、第3番「ライン」は秋の収穫を祝い、ラインの恵みに感謝するような喜びがあります。

第2番は精神の苦闘の産物。いわば「冬」の交響曲でしょうかね。
シューマンの精神疾患によって途中幾度も作曲活動を休まねばならなかった交響曲。構成は本格的で、古典的4楽章形式。ベートーヴェンばりの交響曲を書こうとシューマンは思ったんだろうなぁ。美しいメロディは随所にあるものの、やや断片的。「春」や「ライン」に比べるとやや難解で取っつきにくい交響曲と思う。

そんな難しさを救ってくれるのは、大好きなハイティンクなのであります。
で・・・・・・・。

シューマンの交響曲第2番 ハ長調 作品61。
ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1984年1月、コンセルトヘボウでの録音。フィリップス原盤。

とにかくオーケストラの音が素晴らしい。よく目の詰んだ、上質の織物を思わせるしっとり感。何とも柔らかい肌触り。
コンセルトヘボウ管の音は温かく、素朴な人肌の質感がたまらない。そして耳当たりの良い、ソフトでまろやかな融け合い。
ホールの残響も、コンセルトヘボウのクリーミーな柔らかさ。ウットリする美しさ。

指揮のハイティンクは面白さとかエンタテイメントとは縁のない人だが、その分、誠実で堅実な演奏を聴かせてくれる。音楽の真実を一生懸命に引き出そうとする。その奉仕的な態度は、いつ聴いても好感が持てる。

特に素晴らしいのは第3楽章アダージョ。
崇高な音楽。人間くさいロマン精神の塊のような人物だったシューマンの、敬虔な神への祈り、神への感謝が聴ける音楽。この交響曲の白眉だろう。
時にブルックナーの緩徐楽章のように音楽が響くところもある。

録音は今も抜群です。
この時期のフィリップス録音はホンマに素晴らしいです。
文句なしです。
って、先日のブレンデルのモーツァルトでも書いてましたね(^^ゞ



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モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467 アシュケナージ(Pfと指揮)

2月になりました。久しぶりの更新です。

モーツァルトのピアノ協奏曲第21番 ハ長調 K.467。
ウラディーミル・アシュケナージのピアノと指揮、フィルハーモニア管の演奏。
1977年12月、ロンドンでの録音。DECCA盤。国内発売はキング・レコード。懐かしいLPであります。画像は帯付きのLPです。
僕はLP時代は帯を外すのが面倒だったのでそのまま、CD時代になると帯を保存するのが面倒なので捨ててしまっております。あ、CD時代初期のロンドンやDGはシール状だったので、これは剥がすのが面倒なのでそのまんま・・・・です。

アナログ末期の優秀録音。音が爽やかで柔らかく、耳当たりがとても清々しい。
アシュケナージのピアノは大変クリアに録られていて、オケとの融け合いも見事。残響、音の広がり・スケール感も素晴らしく、聴いていて至福の境地になる。やっぱり、アナログはエエなぁ。

第1楽章からもうアシュケナージの見事なピアニズムにウットリ。美しいピアノの音、カレの音はブルー系、クリスタルのような透明感が素晴らしく、聴いていて実に爽快。モーツァルト独特の装飾音も沢山あって、楽しく聴ける。
カデンツァは優美で鮮やか。アシュケナージのテクニック満載で楽しいことこの上なし。
アシュケナージは実演で聴くと大したことがないという評を見かけるのだが、いやあ、レコードで聴く分には、ホンマに巧いなぁと感心する。まあ、この人は何でも上手に弾いてしまう万能選手で模範的と云ってもいいくらいの演奏をする人だから、スペシャリスト好みや爆演系好きの人には嫌われるのかな。それに、この国の通と称される人は音楽以上のもの(例えば精神性という得体の知れない部分とかね)を好む人が多いので、演奏評になると悪く書かれてしまうのかも・・・・・。

ワタクシはド素人ミーハー大衆ノーテンキ路線派ですので、エエ、もちろんアシュケナージ大好きでございます(笑)。

さて、第2楽章はこの演奏の白眉。典雅で暖かく、ムード音楽のような甘さ。
テンポもゆったりとしていて心地よく、ああ、これ砂糖菓子の甘さ、生クリームたっぷりのケーキの美味しさ。全く、蕩けてしまいそうな甘さ、美しさ、そして魅惑。
バックのフィルハーモニア管も素晴らしい。この第2楽章だけでも、この演奏を聴く値打ちありと見た。

フィナーレはめくるめくピアノ。奔放なラストまで、これぞモーツァルトと云うべきか。久しぶりのLPレコード、実に楽しく聴けました。


一週間のご無沙汰でした・・・というのは「ロッテ歌のアルバム」の玉置宏の名文句でありますが(古いですなぁ・・・笑)、いやはやこの1週間はインフルエンザで寝ておりました。5年ぶりにインフルエンザに罹りました。ブログを始めてからは初めてです。
B型でしたのでタミフルが効き、発熱は38.5℃で済みましたが、それでも体中が痛くてしんどかったですなあ。仕事も2日間休みました。いや参りました。
この間、音楽を聴いてません。聴く気にもなりませんでした。つくづく、音楽を聴くのにも健康が大切なことなんやなぁと思いました。普段は健康そのもの、ノーテンキな生活を送っているワタクシですが、たまに病気になると、いやぁ健康の有り難さが身に染みます。

という訳で、体調戻りました。音楽も聴きました。取り出したのはモーツァルトでした。
やっぱり、モーツァルトはエエですね。
そして、クラシック音楽ってエエですね。


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シベリウスの管弦楽作品集 ネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ響

いや寒い、寒い。四国は極寒であります。
朝はうっすらと雪化粧です。
(今日は雪の四国の田園風景を画像でどうぞ。)
こういう寒い時は、シベリウスでも聴きましょう。寒い日には寒い音楽であります。

シベリウスの管弦楽作品集。
ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ響の演奏。
1992~96年、エーテボリでの録音。DG盤。
最近大活躍のパーヴォではなくネーメ、お父さんの方の演奏であります。

まずは「フィンランディア」。
国民学派の流れを汲む祖国愛を歌った名曲。
北欧のリリシズムも随所に見られ、情感豊かに盛り上げてゆく。ラストに向けての感動は、この曲ならでは。比類がないと思う。苦難を乗り越えての勝利、暗から明へ。実に勇気づけられる音楽。(映画「ダイ・ハード2」に使われていた時には、オイオイと思った・・・・・確かに雪の中の着陸にマクレーンの最後の勝利、いかにもという感じではあったが)
ヤルヴィの指揮は手慣れたもので、エーテボリ響も上手い。金管などハデハデでよろしい。鄙びた味わいより、汎国際的なオーケストラ曲を聴いている感じ。現代風で機能十分のオケだと思う。スケールも大きな仕上げ。

「カレリア組曲」。
これもスケール大きく豪華な演奏。どの楽器も気持ちよく鳴っているのが印象的。
第1曲の「間奏曲」などはゴージャスなイメージ。
2曲目の「バラード」は情感豊かで、音楽が綿々と綴られてゆく感じ。テンポはいくぶん速めの設定であまり沈み込まないのがイイ。時にヒンヤリとした抒情が流れてゆくのも良い。
第3曲は「行進曲」。オーケストラが壮大に鳴り渡る快感あり。

続いて「トゥオネラの白鳥」。
これは聴くたびに思い出がよみがえってくる名曲。もう30年も前になるか、福永武彦の『死の島』を読んでこの音楽を知った。この小説のモティーフがこの曲だった。僕をクラシック音楽にいざなってくれたのは福永なのであります。それまで僕はは、クラシック音楽など全く聴かない若い士でありました。
イングリッシュ・ホルンの哀切。この調べはまさに北欧としか云いようがない。静謐な弦楽セクションも見事。ヤルヴィの指揮は淡々としていて、あまり演出なし。その方が、この曲は感動的に響く。


録音は1990年代のものとしては標準的でしょうか。
ダイナミック・レンジは大きいですし、スケールも大きいんですが、もう少しゆったりとした感じが欲しいです。ホール・トーンが不足しているというか、直接音を中心にした音づくりなのかもしれません。各楽器が綺麗に録れている、マルチマイク録音、いかにもDG的な感じとは思うんですが。


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チャイコフスキーの交響曲第2番 ハ短調 「小ロシア」 マリナー/アカデミー室内管

四国はこの冬一番の冷え込みで、水たまりにうっすらと氷が張っておりました。日中は風花も舞って、今朝起きてみると庭や屋根にはこれもうっすらと雪が見えます。
「寒」ですねえ。

寒いときには寒い地域の作曲家を・・・・・と思い、今日はチャイコフスキー。そうそう、昨日聴いたマリナー/ASMFの演奏のチャイコフスキーがあったなぁと思いだし、棚から引っ張り出してきました。
これ、話題にもならなかった全集でしょうが、演奏はなかなか上手いもんです。響きがスッキリしているのもエエんです。そして、やっぱりマリナー、英国紳士なんです。あまりロシア臭くなく、ソーダ水のように爽やかに仕上げていきます。

チャイコフスキーの交響曲第2番 ハ短調 作品17「小ロシア」。
ネヴィル・マリナー指揮アカデミー室内管の演奏。
1990年10月、ロンドンの聖ユダ教会での録音。カプリッチョ原盤の全集に所収。

アカデミー室内管は、この全集録音に当たって、メンバーを増員して演奏していると思われるが、この第2交響曲は、室内管でも十分な感じの交響曲。
若々しく爽やか、またノスタルジックな音楽なので、あまり編成が大きくない方がよろしいんじゃないか。

第1楽章のウクライナ民謡の綺麗なこと。さすがメロディ・メーカーのチャイコフスキー、この旋律には郷愁を誘われる。ああ、故郷が懐かしいなぁ・・・という想いがこみ上げて、涙が零れるほど。この楽章だけでも繰り返し聴きたいくらい。

第2楽章の行進曲も、やはりロシア~ウクライナ的な音楽。ここでも旋律が美しく、チャイコフスキーの才能がメロディにあったことが分かる。

第3楽章のスケルツォは舞曲風。チャイコフスキーのバレエ音楽を聴いているようで楽しい。そうそう、チャイコフスキーの音楽の面白さ・楽しさは、「交響曲でも踊れてしまう」ところ。

フィナーレはどんどん加速してゆく音楽。モデラートがアレグロ、そしてプレストへ。曲調も徐々に盛り上がって白熱してゆく。

マリナーの指揮は万人向けの職人芸と云うべきか。プレーンな設計であまり癖がないから、つい聴き流してしまいそう。
ASMFのアンサンブルは極上で、響きはとても爽やか。特に第1・2楽章がイイ。

録音は素晴らしいです。
音色、響き、音場が自然で、無理がないんです。
特に弦楽セクションの響きは心地よく、好録音と思います。
適度な残響も気持ちいいです。奥行き、左右への広がりとも良好であります。



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