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ヘンデルの「メサイア」全曲 ガーディナー/イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

冷え込みました。
そんな中、仕事納めで職場の大掃除、書類の大整理、たまっていた仕事の決済など、バタバタしておりました。帰宅時は道路が渋滞、ああ、師走年末、車が増えました。これから正月三が日まで、田舎は車と人口が増えるんです。他県ナンバーの車も沢山見かけました。

さて、年の瀬の音楽を聴いてます。

ヘンデルの「メサイア」全曲。
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ&モンテヴェルディ合唱団の演奏。
1982年11月、ロンドン、聖ジョンズ教会での録音。フィリップス原盤。

CD黎明期に発売されたもので、当初は超優秀録音として話題になったもの。オーディオ雑誌では絶賛、レコード雑誌では演奏が絶賛、高評価だったことを思い出す。価格も当時なので、高かった・・・・・(T.T)。
確かに今聴いても、ホンマにエエ音。音場空間の美しさが際だつ。教会特有の残響がウットリするほど綺麗で、暖かく音楽が広がってゆくさまは全く心地よい。フィリップスの録音は概して良いものが多いのだが、このCDなどは名録音と云って良いだろう。

ヘンデルの音楽は明るく屈託のない大らかさが魅力。これは作曲家のキャラクターだろう。バッハの音楽の、あの厳格で計算され尽くした緻密さに比べて、ヘンデルの場合は、どこか抜けていて、それが愛嬌というか、朗らかというか、聴いていてそう根を詰めないでイイというか、まぁしゃあないなぁと許せてしまう大らかさというか・・・そういうところが実にエエなぁ。
音楽は常に前向き、ポジティヴ。ヘンデルが幾多の障碍・挫折に会いつつも、へこたれずにそれらを乗り越えていったことや、作曲家生命が随分と長かったことなども影響しているのかな。

さて、ガーディナーのヘンデルは鮮烈。この人のバロック音楽はどれも説得力が強く、かくあるべしと云う主張があり、またその決然としたところが清々しくさえ思える。この「メサイア」などは、日本でのガーディナーの評価を一気に高めた名盤だろう。生命力にあふれ、独唱も合唱も生き生きと歌い上げる。オーケストラはもちろんピリオド奏法なのだが、大変に安定しているし、新鮮な音・響きで支えている。巧いもんだ。ベタベタしないのがまたよろしい。爽やかに聴ける演奏。

独唱はそれぞれ持ち味発揮、特にカウンター・テナーが巧い。声そのものが美しく、高音の抜けるような美しさは格別。

録音状態も素晴らしく、至福の境地で最後まで。気分良く「ハレルヤ」を聴いておりました。


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J・S・バッハの「ミサ曲ロ短調」BWV232 リヒター/ミュンヘン・バッハ管&合唱団

師走、年末、クリスマス。

ご先祖様が当地御室系真言寺院の有力なる檀家であり、したがって僕も専ら南無大師遍照金剛の仏教徒なのでありますが、西洋クラシック音楽を聴くのを趣味としていると、キリスト教・キリスト教会に縁のある音楽が何と多いことでしょう。

今日はクリスマス・イヴ。さあ、バッハを聴きましょう。敬虔な気分で。

J・S・バッハの「ミサ曲ロ短調」BWV232。
カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管弦楽団、同合唱団の演奏。
1961年2・4月、ミュンヘンでの録音。アルヒーフ原盤。
独唱は5人。
マリア・シュターダー(S)、ヘルタ・テッパー(A)、エルンスト・ヘフリガー(T)、ディートリッヒ・フィッシャー=ディーカウ(Bs)、キート・エンゲン(Bs)。

録音から50年近く、いまだに輝きを失わない「ロ短調ミサ」不滅の名盤。
峻厳で誠実、精魂込めたリヒターの指揮に、合唱がこれまた最高レベルの、しかも入魂の詠唱で応える。独唱者5人の素晴らしさは云うまでもない。同じ不滅の名盤「マタイ受難曲」と同じ布陣。最高だ。特に、ヘフリガーとF=ディースカウは、唯一無二、絶対の名唱。こんなに高貴な歌は、そうそう聴けないんじゃないか。

ああ、それにしても力強い演奏。その力は内へ内へと凝集してゆく。外への広がり・発散よりも魂への沈潜、形而上的な求心力とでも云うべきか。リヒターの集中力はホンマにスゴイ。だから、聴き方も襟を正す。この音楽、この演奏はソファに寝そべって、くだけた格好で聴くのが申し訳ない気分になる。

リヒターは1981年2月に死去している。54歳。あまりに早い死だった。
振り返ると、リヒターの死を境にして、ピリオド楽器によるバロック演奏が拡大~主流へ~当たり前 になっていったような気がする。リヒターこそ、バッハ演奏の分水嶺だったんだなぁと思う。それは高い嶺。リヒターのバッハは今も高々と聳える。時に厳めしく、時に無限の慈しみをもって。

録音状態は、さすがに古びてきました。
高音がややキツく、埃っぽいところがあって、合唱団のフォルティシモがクリアに鳴りきらない憾みがあります。1960年代初め、当時としては良好だったものだったろうとは思いますが・・・・。
定位は十分。合唱が、左右へスケール大きく広がってゆく感じは心地よいものです。


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プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」全曲 セラフィン/聖チェチーリア音楽院管・合唱団

三男坊が18歳の誕生日を迎えまして、大阪在住の次男坊を除く家族みんなで祝ってやりました。進学するため、おそらく来年の誕生日は我が家にはいないだろうと、妻は上等のケーキを奮発しておりました。
18歳、青春であります。エエなぁ、我が子ながら羨ましいなぁ。ワシ、18歳の頃、何をしよったかいなぁ・・・・・・・・。

で、取り出したのはプッチーニであります。

プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」全曲。
トゥリオ・セラフィン指揮聖チェチーリア音楽院管弦楽団・合唱団の演奏。
1959年8月、ローマでの録音。DECCA原盤。
ミミ(レナータ・テバルディ)、ロドルフォ(カルロ・ベルゴンツィ)、ムゼッタ(ジャンナ・ダンジェロ)、マルチェルロ(エットーレ・バスティアニーニ)、コルリーネ(チェザーレ・シエピ)、ショナール(レナート・チェザーリ)らの出演。

キャストが素晴らしい。そして若い。ムゼッタのダンジェロが録音当時30歳、そのほかはみな30代後半。声の輝き、張り、潤いが実に素晴らしく、歌の饗宴が楽しめる。プッチーニの「ラ・ボエーム」はドラマとしても味わい深いが、イタリア・オペラの基本はやはり歌だろう。その点でこの演奏は、ホンマモンの歌が楽しめる極めつきの1枚と云えるんじゃないか。

ベルゴンツィ扮するロドルフォは、若々しい詩人。一途な若者を好演している。「冷たい手を」のアリアでは、詩人の情熱を歌い上げて感動的。
テバルディのミミは名唱の連続。この歌手の全盛期だろう。佳人薄命のミミだが、テバルディが歌うと、ミミという女性の芯の強さがあらわれる。声の美しさは絶品であって、さあ、これ以上のミミというと・・・・・(もうフレーニしか思いつかんぞ)。
マルチェルロはイタリア・オペラ最高のバリトン、バスティアニーニ。この人の知的で端正な、それでいて情熱的なバリトンを聴いてしまうと、他の歌手がアホらしく聞こえてしまう・・というのが難点か?随所にベルゴンツィを喰ってしまう部分あり。

指揮のセラフィンが御年81歳。この演奏、指揮者だけ長老名匠で、若いスターを旨くまとめるとともに、プッチーニの情感一杯抒情充溢の管弦楽を美しく再現してゆく。聖チェチーリア音楽院管も好演で、この歌劇の美しさに花を添えている。

録音状態は今も抜群であります。レコードで聴くオペラの楽しみを満喫させてくれる優秀録音です。左右の広がり、ステージ感、音の鮮度、輝き、歌劇場の雰囲気等、どれをとっても申し分なしであります。
DECCAの録音って、ホンマにエエですね。いつも書いてますが。


「ボエーム」を聴くと時が遡ります。学生時代の街の風景が蘇ります。これは青春のオペラなんです。
僕も友も若かった。妻も若かった。学生街はいつも活気があって、講義をサボっては喫茶店へ、雀荘へ、文芸座へ、サークルへ・・・・。懐かしくなります。
あの頃のミミは、今や男の子三人を育て上げた逞しい母親となり、ロドルフォはついに詩を書けずに俸給生活者、そして腹の出た中年オヤジになりました。
いやはや、しかし、それでもきっと誰もが青春を思い起こすことが出来る、「ボエーム」はそんな美しく懐かしい作品であります。


<プッチーニの歌劇「ラ・ボエーム」の自己リンクです>
■ショルティ/ロンドン・フィル カバリエ(S)
■ヴォットー/ミラノ・スカラ座管 マリア・カラス(S)
■カラヤン/ベルリン・フィル フレーニ(S)
■C・デイヴィス/コヴェントガーデン王立歌劇場管 リッチャレッリ(S)


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モーツァルトのレクイエム ニ短調 K.626 カラヤン/ウィーン・フィル(1986年DG盤)

12月5日は、敬愛するモーツァルトの命日です。HNの一部、この天才から僕は頂戴しました。
そして、今年はカラヤンのメモリアル・イヤーでありました。今年もカラヤンの演奏をCDでLPで沢山聴きました。そういえば、カラヤンの出身はモーツァルトゆかりのザルツブルク。ならば、今日はカラヤンのモーツァルトで聴きましょう。

モーツァルトのレクイエム ニ短調 K.626。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルの演奏。
アンナ・トモワ=シントウ(ソプラノ)、ヘルガ・ミュラー=モリナーリ(アルト)、ヴィンソンコール(テノール)、パータ・ブルチュラーゼ(バス)らの独唱。
1986年5月、ムジークフェラインザールでの録音。DG盤。

カラヤンの晩年、最後のモツ・レク。カラヤンは何度もモーツァルトのレクイエムを再録音してきたが、これはその最後にあたる。気合いの入ったところと、枯淡の境地が併存する独特の演奏。カラヤンらしく美しく響くのだが、怒濤の迫力といったものはない。力強さとか、逞しさだとか、男性的なガッツには欠けるものの、仕上げはホンマに美しい。合唱がちと弱いかな。まあ、美しさを追求する分、ガッチリした強さには意を払っていないという、そういう音楽づくりなのかもしれない。

ジュスマイヤー版での演奏。これが、聴いていて一番しっくり来るかな。世にはバイヤー版とかモーンダー版、ロビンス・ランドン版などがあって、それぞれ特徴的な演奏をしているようなのだが、僕はシロウトなので、昔ながらのジュスマイヤー版で十分。感動も大きい。
音楽学者たちにとって、「版」の問題はとても重要なのだろうが、僕らは聴いて如何に感動するかどうかが問題なので、校訂に校訂を重ねて、いわば重箱の隅をつついてこねくり回したような演奏は、ことモーツァルトのレクイエムを聴く上では些末なことのように思える。結局、感動できる音楽かどうか、だろう。

カラヤン&ウィーン・フィルの演奏は、ひたすら美しいまとめ方。フォルティシモの迫力は結構あるのだが、無理な大きさを要求していない感じ。それよりも、モーツァルトの美を尊んでいるのだろう。
(合唱や音楽の力強さを期待するなら、他の演奏を聴けばいいでしょ。ベーム&VPO盤とかね)

独唱はそれぞれ巧い。アンナ・トモワ=シントウはちと衰えたかな。全盛期はもっと凄かったような気がする。

録音はまずまずと言ったところでしょうか。
やや平面的な音がしてます。デジタル時代になってのDGのカラヤン録音は、ペタッとした平板な音づくりが特徴なんですが、このCDもその例に漏れません。
聴きやすい音ではあると思います。

今年も沢山モーツァルトを聴きました。彼には随分救われてきました。


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ビゼーの歌劇「カルメン」ハイライト 小沢征爾/フランス国立管

この数日、雨と曇天が続きます。冬枯れの季節、黄昏れるのも早くなりました。
職場のイチョウも落葉してきました。これ、綺麗なんですが、掃除は大変なんであります。

今日はオペラを聴いてます。

ビゼーの歌劇「カルメン」ハイライト。
小澤征爾指揮フランス国立管の演奏。
1988年、パリでの録音。フィリップス盤。

休日にのんびりオペラを聴くのはいいものだが、時間が取れないときや平日にはハイライト盤がエエですね。値段も手頃だし、聴き慣れたオペラなら有名なナンバーだけ聴ければ良いので、僕はハイライト盤大好きなのであります。

小澤盤の「カルメン」は録音当時大いに話題となったものだが(だって、タイトルロールが当時絶好調、おそらく全盛期のジェシー・ノーマンだもの)、きょうびは、さあ、どうなのかな。少なくとも世評では「カルメン」のファースト・チョイスではないのだろうな。
しかし、フィリップスの素晴らしい録音効果もあって、このハイライト盤は実に気持ちよい1時間を過ごせる。キャストもイイ。

そういうわけで、カルメンに、ジェシー・ノーマン。当時最強のソプラノ。リートも歌劇も、この頃のノーマンは全部良かった。美しくよく通る高音に深みのある低音が絶妙のバランスだった。体型がものをいうのか、高音だけでなく低い声も、この人の場合は美しく深く心地よかった。「ハバネラ」や「セキディーリャ」など、大変良かった。演技力もまずまずだったと思う。

ミカエラには名花ミレッラ・フレーニ。この歌手の可憐さはいつ聴いてもイイ。フレーニに駄演なし。
エスカミーリョはサイモン・エステス。強靱そのもの。
ドン・ホセがニール・シコフ。好みでいうと、この人、もう一息かな。

小澤の指揮は無難な捌きと思うのだが、どうなんだろう。
歌手はそれぞれ気持ちよく歌っているようなので、とても良い指揮だと思うのだが。
小澤はあまりオペラをやらない。ボストンが長かったせいだろうし、その昔日本には歌劇場がなかったこともあって、そんなにオペラが得意じゃないんだろう。日本人指揮者の限界なのかもしれないが、僕はこの「カルメン」、十分に楽しめた。もっと、小澤にはオペラ録音があっても良いなぁと思うのだが、さあ、クラシック録音不況の時代、難しいのだろう。

録音状態は万全です。フィリップス最盛期の音だと思います。
深く暖かく柔らかく、余韻も素晴らしい出来。
さすがと思います。



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