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「春に酔える者の歌」 ~ハイティンク/ACOの「大地の歌」より~

桜が満開であります。
仕事を終えての帰路、黄昏時の桜が夕日に映えて、まあ綺麗なこと。
思わず車を止めて、見とれておりました。
そこへ爽やかな風・・・・・・花びらがフワッと飛んでゆくのもまた綺麗なもんです。

「春宵一刻値千金」・・・・・なんて言葉を思い出しておりました。

再び車に乗り込んで、窓越しに桜並木を眺めながらマーラーを聴いておりました。

交響曲「大地の歌」であります。

ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
テノールはジェームズ・キング。アルトはジャネット・ベーカー。
1975年の録音なので、もう30年以上も前になってしまったものの、今でも十分に美しいのはさすがにフィリップス。

その5曲目がちょうど桜を眺めながら響いてきたのであります。
「春に酔える者の歌」。

ハンス・ベトゲの詩集『中国の笛』がテクストになっているものの、原詩は、李白の「春日酔起言志」。

世におるは大いなる夢のごとし
なんすれぞ其の生を労するや
このゆえに終日酔い・・・・・・。

借問す 此れ何れの時ぞと
春風 流鶯に語る
之に感じて嘆息せんと欲し
酒に対してまた自ら傾く・・・・・・。


さて、その音楽であります。

ハイティンク/ACOのつくり出す響きが大変美しく、息づかいもゆったりとして気持ちが良い。フォルティシモの部分でも、豪快の一歩手前で鳴る感じ。品が良い。
テンポはハイティンクらしく中庸で、自然な音楽の流れが聴ける。これも好ましい。

ホルンの遠い響きに乗って、ソロ・ヴァイオリンが繊細に弾いてゆく。音は細身で美しく高音がホールに溶けてゆく。おそらく、弾いているのはコンサート・マスターのヘルマン・クレッバース。何とも優しく透きとおった美しさのヴァイオリン。
ピッコロやフルートのソロも同じ路線。優しく繊細。

テノールのジェームズ・キングはさすがに老いたかも・・・。
高音がやや苦しい感じであります。


桜の中で聴く「大地の歌」もエエもんであります。

時は春。
桜吹雪も見えそうであります。




AUTHOR: びーぐる EMAIL: miti@f02.itscom.net URL: http://biigle.exblog.jp/ DATE: 04/09/2006 23:51:09 大地の歌は悠々とした感じでいいですねえ!それにしても拝見していますといつも各楽章ごとに詳細な演奏評は素晴らしいですね。
私は音痴で譜面は読めない、楽器は弾けない、もちろん音楽理論なんて分かるわけはないのでただただ聴くだけです。
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コメント

おはようございます。
ご無沙汰しております。

別稿の「桜三里」、壮観でしょうねえ。
ところで、
>桜の中で聴く「大地の歌」もエエもんであります。
「大地の歌」を聴いていると、大木となった桜または山桜を仰ぎ見ているかのような瞬間があります(長くなった枝を支柱を支えられているほどの桜)。中国の詩人は、まさか自分の詩作に対して後世にこんな音楽が作られるとは思っていなかったでしょうし、マーラーもまた、その種の感想を日本人が漏らすとは思っていなかったでしょうが。
時の隔たり、空間の隔たりの意味/無意味/超越を想います。

>愚樵 様
今晩は。コメントを有り難うございました。
大地の歌は、「春に酔える者」だけ聴きました。しかもクルマの中で桜と黄昏を眺めながらです。
さすがに「告別」はちょっと・・・・・・(^^ゞ。
季節で云えば、秋の方が似合いそうですね。

ハイティンクの「大地の歌」はコンセルトヘボウ管の音が素晴らしいんですが、キングが少し老いましたか・・・。

>クラシカルな某 様
今晩は。こちらこそ、ご無沙汰しております。
「桜三里」はホンマに良い眺めです。ただ最近、桜の数が減ったような気もしています。何本か立ち枯れしたのかも・・・・。
「春に酔える者」、李白の原詩が欧州で解釈され、さらにそれが交響曲となって日本人が聴く・・・・・おっしゃるように不思議なことですね。
山桜花は、この曲「春に酔える者」にピッタリでしょうね。

コメントを有り難うございました。

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