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今年一年お世話になりました ハイティンク/ACOのベートーヴェン「田園」

年末の大掃除で、家中の窓拭きであります。いやはや大変でした。
しかし、ピカピカになりました。

柔らかい陽射しの、四国の冬らしい穏やかな天気。
我が家の前に広がる田んぼは、金色に輝いております。
こういう日には「田園」を聴きたい。

で、交響曲第6番ヘ長調「田園」。
ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管の演奏。
1986年4月、コンセルトヘボウでのフィリップス録音。
このベートーヴェン全集を最後に、ハイティンクは長年のパートナーであったコンセルトヘボウ管を離れたのだった。

ベートーヴェンの「田園」は作曲家自身の書いたプログラムに沿って聴いてゆくと、「田園の到着したときの爽やかな気分」から「神への収穫の感謝」まで連れて行ってくれる。途中、様々な鳥のさえずりや民謡風の踊りを楽しんだり、猛烈な嵐にドキドキしたり、感情が揺れ動くものの、ラストには、感動的な歌が待っている。人間として周囲のものに生かされていること、多くの人に世話になって幸福に生きられていること・・・諸々の思いが終楽章からこぼれてくる。
ホンマ、いつ聴いても素晴らしい。まこと、聴き手を幸福にさせる音楽であって、こういう音楽を知ることが出来ただけでも、クラシック音楽を聴いてきて良かったなぁと素直に思ってしまう。

第1楽章の冒頭、じっくり落ち着いたテンポから、あっという間にハイティンク/コンセルトヘボウ管の世界に連れ去られる。
この音、この響き!何という、ふくよかで暖かく、包み込むような優しい音!
弦楽器の高音が、さやさやと優しい風になって吹き渡り、低音は重厚に迫力があってしかも暖かく包み込むような音色。
まさに「田園に着いたときの晴れやかな気分」だなぁ。何も変わったことしているわけではなく、ふつうの演奏。爆発もしないし、演出もない。でも、ジワジワと感動が寄せてくるような演奏。

第2楽章も、ハイティンクの指揮は何の変哲もない。でも、「何にもしていない」のではなく、木管を繊細に歌わせたり、第2ヴァイオリンを優しく細かく刻ませて、「おっ?」というところもある。でも、基本は正調で清澄。正統的。テンポなんて殆ど揺れず、遅くも速くもない。中庸そのもの。木管の響きもホンマに渋い。輝かしくなく、ややくぐもったような響きなのだが、これがたまらない。

第3楽章の舞曲、第4楽章の嵐など、迫力も十分。録音水準は、名にし負うフィリップス、素晴らしくホール・トーンが美しい。だから、フォルティシモでガンガンとオケを鳴らしても、フワッとホールが包み込んでしまう、そんな大音量。

終楽章の感謝の歌も、テンポはふつうの速さ。遅くもなければ、そっけないわけでもない。「中庸」という言葉しか見あたらないのは我ながら情けないが、演奏は実に素晴らしい。素直に、周囲のものに感謝できる「田園」はそうはないよなぁ。冬の陽射しをのんびりと窓越しに浴びて、ほんわか温まりながらベートーヴェンに感謝しましょう。

そう、多謝深謝感謝であります。

大晦日であります。
2月からブログを書き続けた1年でありました。
沢山のコメントやトラック・バックを頂戴した方々、お世話になりました。有り難うございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。
(いつまで続くか分かりませんが(^^ゞ・・・・・)


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