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モンテヴェルディのマドリガーレ集 コンソート・オヴ・ミュージック

三男坊が合唱部でありましたので、無伴奏の合唱曲を演奏会でよく聴かせてもらいました。アンサンブルを磨くのにはシンプルなマドリガーレ集などがエエそうです。(と息子が云っておりました)
今までは合唱曲など殆ど聴かなかったんですが、食わず嫌い改め、ちいと聴くようになりました。三男坊のおかげですかな。

で、美しい曲を。

モンテヴェルディのマドリガーレ集。
コンソート・オヴ・ミュージックの演奏。
1984年の録音。オワゾリール原盤の2枚組廉価盤CD。

四声のシンプルなマドリガーレ集。
清楚な響きと妙なる和声と云うべきか。メロディは素朴で美しい。
コンソート・オヴ・ミュージックのディクションが実に綺麗。

心洗われるような佳曲ばかりだが、これ、作曲年代は1603年というから、すでに400年も昔の音楽。日本で云えば、徳川家康が将軍就任、江戸三百年の開創期。そんな音楽が時と地域を越えて、我が部屋で鳴る。不思議な感じもする。

そして何と美しい音楽だろう、虚飾のない、人の声だけの美しさ。沢山無駄なものがひっついて肥大化してゆく後年の西洋音楽が嘘のよう。耳を澄ませていると、このマドリガーレ集の素朴な美が部屋中に広がって、心に響いてくる。ジワジワと感動がわき起こる。

録音がまた素晴らしいんです。
おそらく教会での録音、天井が非常に高いのが分かります。
それぞれの声が天井に伸びていって、やがて消えてゆく、その美しさ。これは感動的。快感であります。ダイナミック・レンジは広くないのに、この美しい余韻はたまらない魅力になります。
心に一杯ゴミがついたり、心がささくれた時には、こういう音楽がエエですぞい。


さて、センター試験は今日で2日目。
初日は日本史Bが昨年までと傾向が変わったこと、国語がやや難しかったことだそうであります。と、三男坊が言っておりました。(カレは文系であります)
今日は数学2つと理科、こちらの方が文系なのに得意なので、まあ何とかやるんでしょう。元気で受験できるのが何よりであります。
それに、きょうび、センター試験だの大学入試だの、ちいとピリピリするような緊張感や圧迫感でも味わってもらわないと、青春期の精神的成長の場面がなかなかありませんからねえ・・・・・。みんな、こんな経験をして大きくなってゆくわけですので、三男坊にも、十分にヒリヒリするような、逃げ出したくなるような緊迫感を正面から経験して欲しいもんです。



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ワーグナーの「パルジファル」全曲 クナッパーツブッシュ/バイロイト祝祭管

三連休の最終日は、大変の寒い一日でありました。
薄日が差すものの、時に雪まじり。凍える日です。

こういう日には、部屋にこもって、長尺ものでも・・・・・と思い、取り出したのはワーグナーであります。ふだんの日では、なかなかワーグナーの楽劇は聴けませんから。
尤も、僕はワグネリアンではないので、余りよく知らんです。詳しい方、いろいろまた教えてください。
取り出したのは往年の名盤であります。

ワーグナーの舞台神聖祝祭劇「パルジファル」全曲。
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭管弦楽団・バイロイト祝祭合唱団の演奏。合唱指揮はヴィルヘルム・ピッツ。
1962年7月~8月、バイロイト祝祭劇場での実況録音。フィリップス原盤。

20世紀を代表する名演・名録音盤。
息の長い旋律を、深々としたフレージングでクナッパーツブッシュが紡いでゆく。その見事さ。悠揚迫らぬテンポ、悠久とゆく大河のごとき音楽。
僕はキリスト教の何たるかが分からぬ無頼の徒であって、聖杯の儀式、愚者による救済等、難しい哲学的なことは理解不能でお恥ずかしい限りなのだが、しかし、出てくる音楽は凄い、ワーグナーの、これ最後の楽劇。その名も「舞台神聖祝祭劇」。延々と続く息長い旋律は全く神秘的、それをクナッパーツブッシュの指揮が、崇高なものへと止揚してゆく。圧倒的。もうぐうの音も出ない。

配役も凄い。男声については、まずベスト・キャストじゃないか。というより、現今、これ以上のキャストは望めないだろうな。

パルシファルにジェス・トーマス。若々しくて、清澄感のあるパルジファルを聴かせてくれる。声の微妙な変化も良い。巧い。

グルネマンツはハンス・ホッター。この声。この威厳。この強さ。
ああ、ホッターこそ、最高のワーグナー歌手だったろう。この人が出てくると、音楽がグイッと引き締まってくるのだから、素晴らしい。この「パルジファル」だけでなく、他の楽劇でも、そんな場面に何度も出くわした。

クリングゾールにはグスタフ・ナイトリンガー。この人の存在感は格別。あまり登場する場面がないのに、耳をそばだてて聴いてしまうのは、ナイトリンガーの演技力のためだろうな。

アンフォルタスはジョージ・ロンドン。威厳に満ち、慈悲深いところを聴かせてくれる。
そのほか、ティトゥレルのマルッティ・タルヴェラも好演だし、女声ではやはりクンドリーを演じたアイリーン・ダリスも良い。

録音がまた素晴らしいんです。
これ、バイロイト音楽祭での実況録音盤としては最優秀の部類に属するんじゃないでしょうか。フィリップスの録音陣の技術力に加えて、最近のマスタリングも上々なのでしょう、非常に臨場感がある録音で、ゆったりとしたあまり変化のない楽劇なのに、手に汗握るところが沢山あります。
前奏曲ではさすがに雑音一杯。咳払い等がナンボでも入ってます。「そこまで咳をせんでもエエのになぁ、ちと我慢出来んかったんかい?」・・・と悪態をつきたくなるくらい(笑)。
ああ、それにしても、凄いのは結局クナッパーツブッシュなんでしょう。
参ります。


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ビゼーの歌劇「カルメン」全曲 カラヤン・/ウィーン・フィル L・プライス(S) 他

加齢による基礎代謝量の減少に加えて生来の甘党ゆえ(ワタクシはあアルコールがアカンのです)、ジョギングを続けていても、このごろ体重が増加してきました。困ったもんです。
といって食事を減らすのは寂しいもの。そこで、筋トレをすることにしました。なあに、簡単なもんです。腹筋・背筋と腕立てですから。クラシック音楽を聴きながら出来ますしね。50~100回くらい。

というわけで、大いに冷え込んだ休日、筋トレしながらオペラを聴いておりました。

ビゼーの歌劇「カルメン」全曲。
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィル。ウィーン国立歌劇場団の演奏。
1963年、ソフィエンザールでの録音。RCA原盤。プロデューザーはジョン・カルショウ。
カルメン(レオタイン・プライス)、ドン・ホセ(フランコ・コレルリ)、エスカミーリョ(ロバート・メリル)、ミカエラ(ミレッラ・フレーニ)らのキャスト。

配役がイイ。プライスのカルメンは色気たっぷりで妖艶な魅力に溢れている。歌い回しも絶妙で、可愛らしさもあれば、男たらしの流し目もある。一種独特の歌唱だし、声の質もハスキーなところがあるのだが、この魅力にはまってしまうと、他のレコードでのカルメンが物足らなくなる。僕は聴きながら、まんまとドン・ホセになってしまった。

ミカエラのフレーニも可憐で美しい。若々しく清らかな声が全くミカエラにふさわしいと思う。聴いていて、ついつい応援してしまう。

男声2人も好演。
エスカミーリョのメリルは、男の色気を感じさせる名唱。少しバタ臭いのだが、チョイ悪オヤジ的な魅力あり。
コレルリは一途なドン・ホセ。直線的な歌い方だが、よく伸びる高音と素直なカンタービレが印象的。いい歌手だと思う。

オーケストラも万全。
カラヤンの手綱捌きは見事なものだし、歌手が歌いやすそうにしているのも聴いていて心地よい。「自分が主役」という、後年のオペラ録音で見せる強引さがないのも実にイイ。カラヤンにしては珍しく一歩引いている感があるのだが、これが結果的に成功して、素晴らしい歌の饗宴になっている。

ウィーン・フィルの美しさがまた絶品。フォルティシモでの輝きはさすがと思う。弱音での表現力も全く見事としか云いようがない。

録音は今も上々であります。
と云うより、この時代最高水準の録音でしょう。
優秀録音、さすがカルショウ。
この録音、DECCAとのバーター契約による録音セッションだったんでしょう。
(とすると、DECCAはRCAのアーティストの誰を起用したのかな?)


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モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」全曲 E・クライバー/ウィーン・フィル他

新春三が日はエエ陽気でありました。
朝のジョギングはちょうど日の出の頃。冠雪の石鎚山が鮮やかに輝きます。それを眺めながら一汗かくのは全く気持ちいいもんです。
さあ、今年も走ります。ジョギングは最高であります。

さて、バッハ、ハイドンと来ましたので、今日はモーツァルトを行きましょう。

モーツァルトの歌劇「フィガロの結婚」全曲。
エーリッヒ・クライバー指揮ウィーン・フィル、ウィーン国立歌劇場合唱団の演奏。
1955年6月、ソフィエンザールでの録音。DECCA盤。
フィガロ;チェザーレ・シエピ
スザンナ;ヒルデ・ギューデん
ケルビーノ;シュザンヌ・ダンコ
伯爵夫人;リーザ・デラ・カーザ
アルマヴィーア伯爵;アルフレート・ペル などの配役。

録音から53年。往年の名盤。さすがDECCA、少々古びたとはいえ、鑑賞に全く差し支えのない優秀録音。素晴らしい。

E・クライバーの指揮が爽やかで新鮮。50年も前の録音・演奏なのに、とても新鮮。ちっとも古くない。リズムがよく弾んで、快速、実に快適で心地よい。聴いていると胸がワクワクするような音楽の運び。息子カルロスの音楽もそうだったが、この弾むような感覚はクライバー家の遺伝子か。様式は往年のウィーン・スタイルなのだろうが、いささかも古びていないのが素晴らしいと思う。

歌手たちも当時のウィーンの名歌手のオンパレード。
まずは主役のフィガロがイイ。モーツァルトの歌劇を演じさせたら、最高のチェザーレ・シエピ。声が強く朗々と歌ってくれる。「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」などはホンマに巧い。単細胞なフィガロではなく、知恵があって、胸に幾ばくかの屈折した思いを抱え、それでも表面的には明るく前向きに生きてゆく・・・・そんなフィガロを演じている。その風情やよし。男心を歌わせるとこの人は巧いなぁ。こういう歌手がこのごろ減ったんじゃないかと思うのは、僕だけか。
(そういえば、シエピのドン・ジョヴァンニも良かった)

スザンナは可憐で可愛い。この役も知恵がないとアカンので、ギューデンは適役だろう。そして声はとっても綺麗なスープレッド。
僕はスザンナが好きです。我が妻も、実はスザンナ・タイプなのです。ガハハ。

伯爵夫人の高貴さ。トシをとってゆくことの哀しさ、時の流れの残酷さをデラ・カーザが素晴らしい歌唱で聴き手に届ける。ウットリするほど。
ケルビーノも悩める少年を好演。「恋とはどんなものかしら」は最高。青春ってエエなぁとしみじみ思う。
そのほか脇役も立派で云うことなし。

ウィーン・フィルの演奏も素晴らしいというしかない。匂うような弦楽に鮮やかな管楽器。柔らかく艶やかで、上品な風情。たまりません。これ、今も十分スタンダードとして聴けるでしょう。

録音から50年とは思えない鮮明さです。歌手がそれぞれマイクの前にやってきて歌っている感じなので、音場的にはもう一歩なんですが、音の鮮やかさだけでも感嘆してしまいます。ああ、DECCAは素晴らしい録音を遺してくれました。



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J・S・バッハの「コーヒー・カンタータ」BWV211 シュライアー/ベルリン室内管

元日は年頭の諸行事に加えて、年賀の親類・客人も多くバタバタしておりました。これはまあ一族の本家宗家ですので、仕方ありません。

空き時間にのんびり(でもないんですが)クラシック音楽を聴きます。
正月の柔らかい日差しにふさわしいのは、さて、バッハの世俗カンタータなんかでしょうか。明るく楽しく朗らかなカンタータがエエですね。

J・S・バッハの「そっと黙って、おしゃべりめさるな」(コーヒー・カンタータ) BWV211。
ペーター・シュライアー指揮ベルリン室内管の演奏。
独唱はテオ・アザム(Bs)、エディット・マティス(S)、そしてシュライアー(T)。
1975年、東ベルリンのキリスト教会での録音。アルヒーフ原盤だったと思うが、今はブリリアントから廉価盤で発売されているもの。

バッハの世俗カンタータの多くライプツィヒ時代に作曲されたという。
このコーヒー・カンタータは中でも名品。バッハはオペラを書かなかったので、この曲などは最もオペラティックな作品になるのだろう。父親と娘の掛け合いが実に楽しい作品と思う。
コーヒーの流行を示す典型的な作品で、独語不如意の僕にも「コーヒー(カヒーと聞こえる)」という言葉がよく分かる。さすが歌曲の名手名花マティス。発音が綺麗なんだろうなぁ。声質も透きとおるような清澄さで心地よい。この人の声はいつ聴いても爽やかで、プレーン・ヨーグルトのような味わい。純粋無垢の歌声が、心の中までしみ通って、聴き手を幸福にさせてくれる。

アダムもこのころは若々しく逞しい歌声。厳格な父親らしいところもあれば、暖かく包み込む父性の大らかさもあってイイ。

シュライアーは指揮も堅実だが歌唱でも活躍。立派なものだ。
この人の発音は全くきれいで、声の質も実に心地よい。マティスと同じ清澄感。誠実で癖のない歌い方も好ましい。バッハの声楽曲にはふさわしいと思う。

シュライアー&ベルリン室内管の演奏は実に整然としていて、いかにもドイツ風。堅牢で質素、中身がしっかり詰まっている感じの演奏であって、さすがと思う。ただ、リズム感がとても良くて、よく弾むせいだろうか、古い時代の伝統的ドイツ風重量感はない。現代的機能的な室内オーケストラなのだろう。

録音は教会の残響を巧く取り入れて、聴きやすい音になってます。
レンジを無理に広げずに録っている感じです。シュライアーやマティスの声がスーッと天井に伸びてゆく聴感は気持ちがイイです。
オケの音は少し硬めですが、これはドイツのオケの特質かもしれません。

さて、お正月の呑気さで、もう少し今日はバッハのカンタータを聴いてみましょうか。



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